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大阪高等裁判所 昭和63年(行コ)60号 判決

大阪府東大阪市西石切町5-1-43

控訴人

国領薫

右訴訟代理人弁護士

乕田喜代隆

稲田堅太郎

須田滋

大阪府東大阪市永和2-3-8

被控訴人

東大阪税務署長 関勇三

右指定代理人

石田浩二

外3名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は,「原判決を取り消す。被控訴人が昭和61年10月14日付で控訴人の昭和60年分の所得税についてした過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め,被控訴人は,主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は,次のとおり付加,訂正するほか原判決事実摘示及び原当審記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

原判決2枚目裏9行目の「資産所得合算課税」を「資産所得合算制度」と改める。

(控訴人)

一  憲法違反

資産所得合算制度は,不合理かつ不公平な結果を生ずるものとなっており,法の下の平等に反する。

即ち,資産所得合算制度は,個人の所得に課税することを原則とする所得税法の理念に反し,資産所得の有無で課税単位を異ならせるもので,憲法14条の法の下の平等に反する。また,政府税制調査会の昭和61年10月の「税制の抜本的見直しについての答申」は,資産所得合算制度を廃止する方向を打ち出している。仮に,資産所得合算制度が支持されるとしても,それは所得について総合課税制度が維持されるなかで実効性を有するのに,現実の制度は,利子所得と一部の配当所得は分離課税となって合算の対象から外され,また,利子配当の元本についても匿名や無記名制度が認められ事実上対象から除外されているから,資産所得がある者の間でも資産合算について不合理かつ不公平な結果を生じるものとなっている。

このような不合理かつ不公平な結果を生じる資産所得合算制度に基づく課税について,しかも計算方法を誤ったにすぎない本件の場合は,特に,行政的制裁である過少申告加算税は課するべきでない。

二  過少申告加算税を課すべき「過少申告」

本件過少申告は,過少申告加算税を課すべき「過少申告」に該当しない。

加算税制度は,申告納税制度を確保するための制度,即ち,申告義務及び徴収納付義務違反に対して特別の経済的負担を課すことによって,それらの義務の履行の確保をはかり,ひいては申告納税制度の定着を促進しようとするものであるが,他方で租税罰則的な性格を持つものであることを否定できない。このような制裁的な目的,性格を有する過少申告加算税は,過少申告が納税義務者の通常ありうべき過失によると認められる場合には,課されるべきでない。

本件過少申告は,控訴人の所得内容に何ら問題がなく,控訴人が資産所得合算制度という例外的な税額計算の特例を知らず合算課税の計算を怠ったという通常ありうべき過失によるものであるから,過少申告加算税を課すべき「過少申告」に該当しない。

三  国税通則法65条4項の「正当な理由」

本件は,控訴人が税額計算の特例を知らずにその税額計算を誤っただけにすぎず,国税通則法65条4項の「正当な理由」に該当する事例である。

加算税制度は,申告納税制度を育成するための行政上の措置であり,その意味では過渡的措置であり,その見直し検討を行うことが求められている制度であるといえる。これをふまえると,単に納税者に過失があるということだけで「正当な理由」がないというべきではない。

昭和26年1月1日所得税基本通達696は,真にやむを得ない事由があると認められる場合を「正当な理由」の一つと解しているが,本件は,資産所得合算制度という例外的制度の,それも所得金額に何の問題もなく,単なる税額上の計算に関する誤りだけが問われていることからみても,真にやむを得ない事由があると認められる場合にあたるといえる。

本件は,通常人は知っていることの少ない資産所得合算制度の計算特例をしなかったものに過ぎない。控訴人に対し,資産所得合算制度に基づく確定申告をすることを期待するのは,困難である。控訴人とその妻が,別々に確定申告すべきであると考えたことは,現行法制の原則に基づくものであつて,何ら責められるものではない。被控訴人は,医療費控除があるのを見落として控訴人の昭和59年度分の所得税にも資産所得合算制度の適用があると間違えたことがある。このように資産所得合算制度は,税務署職員でも間違うことがあるほど複雑な制度である。素人である控訴人が自己と妻の申告内容を照合して資産所得合算制度の対象となるかを判断するのは困難である。控訴人は,税務署から送付された申告書に計算の特例である資産合算の計算をしなかつたに過ぎず,所得の計算としては適正な確定申告をしており,誠実な納税者といえる。かような誠実な納税者に対し,過少申告加算税を課すると,申告納税制度は賦課課税制度より納税者に不利で酷になり,申告納税制度自体に納税者の不信を招く。申告納税制度は,納税者の誠実さを前提にしてはじめて成り立つものであるから,同制度の充実を図るために加算税制度があるのなら,誠実な納税者を加算税から救済すべきであり,「正当な理由」という救済規定はそのために設けられたものである。

以上を総合すると,本件には国税通則法65条4項の「正当な理由」があるといえる。

四  本件は,国税通則法65条5項の「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当する。

修正申告は,およそそれをしなければなんらかの更正のおそれのある状態でされている。国税通則法65条5項が加算税を課さないとしているのは,自発的に修正申告することを促すものである。そうだとすれば,同項の調査に,机上調査や準備調査は含まれず,調査に着手しただけの場合も含まれないと解すべきである。電話をしたことのみでは,未だ机上調査である。少なくとも,単なる調査の着手にすぎない。調査の着手があれば駄目というのでは,納税者自身が自発的に再検査することができない。調査以後でも自発的に修正申告されることがありうるから,調査の着手は未だ自発を促すものである。

本件修正申告は,税務署職員の電話をうけて自発的になされたもので,更正があるべきことを予知してなされたものではない。

(被控訴人)

一  控訴人の憲法違反の主張は争う。

所得税制における課税単位を含めて,租税に関する事項については,専ら法律の定めるところに委ねられているのであるから(憲法84条)。所得税法が個人単位以外の課税単位を考慮しても,直ちに法の下の平等の原則に反するものとはいえない。即ち,租税の定立においては,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態について正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断に委ねるほかなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないのであって,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は,その立法目的が正当であり,かつ当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限りその合理性を否定できず,憲法14条に違反するものとはいえないのである。

したがって,本件の資産所得合算制度が,憲法の定める諸原則の下において制度上許容されるべき合理的基準をはるかに越え,国民の正義公平の観念に照らして到底容認できず,立法府がその裁量権を逸脱行使し,当該制度が著しく不合理であることが明白であると認められない限り,法の下の平等原則に違反することにはならないというべきである。

かえつて,資産所得合算制度は,資産所得は,個人の労働によつて得られるいわゆる勤労所得とは異なり,世帯単位に担税力を考える方が生活の実態に合致すること,及び,資産所得は,資産の名義の分割等により税負担の軽減を図ることが容易であること等から,世帯を課税の単位とする方が担税力に応じた課税の公平を実現できるという理由に基づき,同一世帯に属する者の資産所得については,一定範囲で合算して課税するという税額計算の特例であつて,立法目的も正当であり,かつ,区別の態様も合理的なものであるから,法の下の平等原則に反しない。

また,利子配当の元本についての無記名制度は,それによる所得を分離課税としているが(なお,匿名は認められたものではない。),この分離課税制度は国民一般の貯蓄を奨励し,国民大衆の投資意欲を促進して資本市場の育成を図るという政策的観点から設けられたものであつて,右政策目的自体については,それなりの合理性があると認められるから,政策目的達成のためのこの制度が,公平の観点からみて著しく不合理な優遇措置であることが明白であると断定することは困難である。よつて,一定の利子配当所得を分離課税の特例によつて合算対象から除外したことが合理性を欠くことはいえず,資産所得合算制度は,現実の適用においても憲法の平等原則に反するものとはいえない。

二  控訴人の過少申告加算税を課すべき「過少申告」に該当しないとの主張を争う。

申告納税とは,納税者自らが国税に関する法律に基づき課税標準等及び税額等を記載した納税申告書を税務署長に提出することによつて,納付すべき税額を確定することである(国税通則法2条6号,17条)。

過少申告加算税は,右のような申告納税制度の下で,国税に関する法律に従つた正確な申告の確保をはかるために設けられたものであるから,過少申告とは,課税標準等又は税額等の一方ないし双方に誤りがあつた結果,申告納税額が過少申告となつた場合を広くいうのであつて,控訴人が主張するような申告所得金額の過少の場合のみならず,税額の計算方法の誤りによつて申告納税額が過少となり,国税に関する法律に従つた適法な確定申告をしなかつた場合も当然に含まれるものといわざるを得ない。

本件の場合,控訴人は,所得税法96条以下の資産所得の合算課税の規程,特に課税標準及び税額の計算方法を明記している同法97条,98条に違反し申告納税額を過少に申告したことは明らかであるから,国税通則法65条における「過少申告」に当たることは明白である。

三  控訴人の,本件は,国税通則法65条4項「正当な理由」に該当する事例であるとの主張を争う。

所得税法は,いわゆる申告納税制度を採用し,納税者自らが課税標準を決定し,これに自らの計算に基づいて税率を適用して税額を算出し,これを申告して第一次的に納付すべき税額を確定させるという体系をとつている。

こうした申告納税制度の下では,適正な申告をしない者に対し,一定の制裁を加えて,申告秩序の維持をはかることが要請されるが,このような行政上の制裁の一環として,過少申告の場合について規定されたのが過少申告加算税(国税通則法65条)である。

したがつて,こうした申告納税制度,過少申告加算税が設けられた趣旨及び別に隠ぺい又は仮装の場合については重加算税(同法68条)が賦課されるという同法の規定に照らせば,同法65条4項にいう「正当な理由がある場合」とは,例えば,税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い,修正申告し又は更正を受けた場合,災害又は盗難等に関し,申告当時損失とすることを相当としたものが,その後予期しなかつた保険金,損害賠償金等の支払いを受け又は盗難品等の返還を受けたため修正申告し又は更正を受けた場合など,申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変更により,納税者の故意過失に基づかずして過少申告となつた場合のように,当該過少申告が真にやむを得ない理由によるものであつて,こうした納税者に過少申告加算税を課すことが不当又は酷になる場合を意味するのであり,単に過少申告が納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合には,これに該当しないものと解すべきである。

本件において控訴人は,税額計算の特例を知らずに,その税額計算を誤つただけであるから,同法65条4項の「正当な理由」に該当する旨主張するが,控訴人が主張する右理由は,結局法の不知にほかならないから,同法65条4項の「正当な理由」に該当しないことは,右において述べたことから明らかである。しかも,課税庁は,前述したいわゆる申告納税制度の趣旨にのつとり,納税者が自らの計算に基づいて確定申告を行うに当たつての便宜上,確定申告用紙とともに説明資料(乙第4号証)を交付し,納税者が説明書類によつて確定申告書を作成することができるよう配慮しているとともに,申告相談にも応じる体制をとつている。このように,説明資料の交付も受けている控訴人が,自ら本件各種所得金額及び申告納税額を計算し,確定申告をした以上,その計算の誤りの責めは控訴人自身において負担すべきであり,また,所得税の確定申告が,納税者自身の判断と責任において行ういわゆる私人の公法行為であることに鑑みても,控訴人が自ら提出した確定申告書の記載内容及び計算の正確性については,控訴人自身がその責任を負うべきものである。

控訴人は,本件過少申告が法の不知・誤解による場合でも真にやむを得ない事由があるから国税通則法65条4項にいう「正当な理由」に該当するとし,本件において真にやむを得ない事由に該る具体的事情は,本件が資産合算課税という例外的制度の,所得金額に何の問題もなく税額上の計算に関する誤りが問われていることであると主張するが,右のような控訴人主張の事情は,法の不知・誤解の結果にすぎず,これをもつて,「正当な理由」に該るとすることは法の不知・誤解のみによつて「正当な理由」の存在を肯定することになりかねない。

また,控訴人は,通常人は知つていることの少ない資産所得合算制度の計算の特例をしないで確定申告をしただけであり,資産所得合算制度に基づく申告を期待することは困難であるから,過少申告加算税を課すべきでない旨主張するが,控訴人の右主張は,控訴人自身の法律(税法)の不知に基づくものであつて,法律の不知が「正当な理由」に該当しないことは当然であり,控訴人の右主張は理由がない。

さらに,控訴人は,本件の前年たる昭和59年分の所得税について被控訴人が当初資産所得合算制度の要件に該当する旨連絡し,後日医療費控除があるため資産所得合算制度の対象とならないと連絡するなど,税務職員でさえ間違うような資産所得合算制度の複雑性からして過少申告を課すべきではない旨主張するが,かかる主張は,本件処分の適法性,即ち,国税通則法65条4項の「正当な理由」を有していたか否かについての判断に何ら影響を与えるものではないし,かつ,その主張事実は,被控訴人が医療費控訴を見落としたのみであつて,資産所得合算制度の複雑さを示唆するものではない。

以上によれば,本件においては,国税通則法65条4項の「正当な理由」は存在しないことになる。

四  本件修正申告は,更正があるべきことを予知してなされたものではないとの控訴人の前記主張を争う。

修正申告書の提出があつた場合においては,原則として過少申告加算税が賦課されるのであるが(国税通則法65条1項),同法65条5項において,納税者の自発的な修正を歓迎し,これを奨励するために,その例外として「その提出がその申告に係る国税の調査があつたことにより,その国税について更正があるべきことを予知してなされたものでないとき」,換言すれば,納税者が自発的に提出した場合に限つて過少申告加算税を賦課しないことを定めている。

ところで,控訴人が昭和61年9月12日付で被控訴人に修正申告書を提出しているが,これは被控訴人の職員が電話により資産所得合算制度に該当する旨の告知をしたこと及び右職員が計算し金額欄を記載した修正申告書を控訴人宛に送付したことを受けて,控訴人が送付された修正申告書を提出するに至つたものであり,もし仮に,控訴人が右修正申告書を提出しなければ,被控訴人において当然に更正処分を行つていたものである。

したがつて,本件修正申告書の提出は,まさに被控訴人の調査に基づき更正があることを予想してなされたものであつて,控訴人が自発的に提出したものということはできないから,本件について国税通則法65条5項の適用される余地はない。

理由

一  本件過少申告加算税賦課決定処分に至る経緯,及び,これに対する異議申立,審査請求の経緯については,原判決の理由1(原判決4枚目裏12行目から5枚目表1行目まで)に記載のとおりであるから,ここに引用する。

二  控訴人の憲法違反の主張についての当裁判所の判断は,原審の判断と同じであるから,原判決5枚目表3行目から11行目の「採用できない」までをここに引用する。

三  控訴人は,過少申告加算税の租税罰則的,制裁的性格面に着眼すれば,同税は,納税者の通常ありうべき過失に基づく過少申告に課されるべきでなく,本件過少申告は,控訴人が例外的な資産所得合算制度を知らないで合算課税の計算をしなかつたとの通常ありうべき過失に基づくものであるから,本件過少申告は,同税が課される過少申告に該当しない旨主張するので,この点について判断する。

過少申告加算税は,納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とする申告納税方式をとる国税につき,正確な申告を確保するため,期限内申告書が提出された場合において,修正申告書の提出又は更正があつたときに,当該納税者に課される加算税であり(国税通則法65条1項),申告納税制度を維持するために正確な申告を確保することをその目的としている。この正確な申告を確保する目的からすれば,期限内申告書に記載されるべき課税標準等(国税通則法2条6号イからハまでに掲げる事項をいう。)と,税額等(同号ニからヘまでに掲げる事項をいう。)のいずれもが正確に記載されなければならず,右税額等の計算方法を誤つた場合と,右課税標準等を誤つた場合とで,過少申告加算税の課税上の取扱いを異にする理由はないことになる。控訴人主張のように,過少申告加算税に租税罰則的,制裁的性格があるとしても,それは,正確な申告を確保する目的を達成するための手段と目すべきものであるから,資産所得合算制度を知らなかつたことにより税額計算方法を誤つた場合であつても,国税通則法65条1項の適用は除外されないといわなければならない(なお,納税者の通常ありうべき過失に基づく過少申告の場合であつても,同様である。)。したがつて,控訴人の前記主張は採用できない。

四  本件過少申告加算税賦課処分に至る経緯

前記一の事実,成立に争いのない甲第1ないし第4号証の各1,2,乙第1ないし第6号証,当審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。

(1)  控訴人と妻国領トシ子(以下トシ子という)は,かねて被控訴人から送付されてきた確定申告用紙に所定事項を記載のうえ右両名の確定申告用紙を同封して郵送する方法で被控訴人に所得税の申告を行つてきた。そして,右両名は昭和59年度分の所得税の申告も右方法で行つたが,これについては後記(8)のとおり昭和62年3月に東大阪税務署担当職員(以下被控訴人担当職員という。)からの連絡があるまで何ら問題視されたことがなかつた。

(2)  昭和60年度分の所得税についても,その確定申告書(一般用)用紙と「確定申告の手引き」が,例年どおり被控訴人から控訴人とトシ子に送られてきた。右「確定申告の手引き」には,その5頁に「3 資産所得の合算課税を受ける人の場合。前の1,2に当てはまらない人でも,資産所得について合算税の適用を受ける人は,申告しなければなりません。(11ページの2参照)」と,その7頁に「あなたが60年中に得た所得の種類や所得の状況などによつては,特別の申告書や税額計算書を使つて申告する場合があります。特別の申告書や税額計算書の種類は,次のとおりです。」と,その8頁に「特別の申告書。資産所得合算用の申告書。使う人。生計を一にする一定範囲の親族の利子所得や配当所得,不動産所得を一定の方法で合算した所得金額が15,000,000円を超えるため,資産所得の合算課税を受ける人,11ページ参照」と,その11頁に「2 資産所得合算用の申告書。資産所得の合算課税を受ける人がいます。この申告書は,第一表(主たる所得者用),第二表(合算対象世帯員用),第三表(総括用)からなつています。使用する説明書。○資産所得合算の説明書。資産所得の合算課税は……生計を一にする一定範囲の親族のうちに利子所得や配当所得,不動産所得(これらを「資産所得」といいます。)のある人がいる場合で,次の算式で計算した金額が,15,000,000円を超えるときに,これらの人について行われます。【中心となる人の60年の所得金額(分離課税の所得,山林所得,退職所得の金額を除きます。)+その他の人の資産所得】-【雑損控除の基となる損失額+支出した医療費の金額(最高2,000,000円)】」と,さらにその1頁に「申告や納税についてお分かりにならない点がありましたから,最寄りの税務署(所得税担当)にお問い合わせください。」とそれぞれ記載されていた。控訴人とトシ子は,右記載を読み,さらには右1頁の記載にしたがつて最寄りの税務署(所得税担当)に問い合わせれば,資産所得合算制度の概要を知り,さらに右制度にしたがつて所得税の申告をすることができた。しかし,右両名は右記載を読み落としたためか,資産所得合算制度について全く知識を持たないまま,前記確定申告書(一般用)用紙に所要の事項を記載し,例年どおり右各確定申告書を同封して郵送し,昭和61年3月12日被控訴人に所得税の確定申告をした。

(3)  昭和61年4月14日,被控訴人担当職員はトシ子に電話して,控訴人の右確定申告書の寄付金控除欄とトシ子の右確定申告書の生命保険料控除欄にそれぞれ不適切な記載があることを指摘して,同女に右各控除欄の訂正の意思を表示させ,これに基づき右各控除欄を訂正した。

(4)  同年5月,控訴人は,二度被控訴人担当職員に電話をし,右確定申告に基づく還付金の交付時期を問い合わせた。そして,同年6月4日,控訴人は,右還付金を受領した。

(5)  その後,被控訴人担当職員は,前記各確定申告書を検討した結果,控訴人には資産所得合算制度が適用され,右制度に基づいて申告納税額が算出されなければならないのに,これがなされておらず,過少申告になっていることを発見した。そこで,被控訴人担当職員は,同年8月から9月始めにかけて二度にわたりトシ子に電話をし,控訴人の昭和60年度分の所得税の申告には資産所得合算制度の適用があることを説明して控訴人とトシ子が修正申告をするよう促し,さらに所要の事項を記載した修正申告書用紙を各一通及び「資産所得合算のあん分税額計算書」用紙を右両名に送付した。

(6)  右両名は,それぞれ右修正申告書用紙に署名押印し,これを右「資産所得合算のあん分税額計算書」と共に被控訴人に送付して昭和61年9月12日昭和60年度分の所得税の修正申告をした。

(7)  被控訴人は,右修正申告書の提出があつたので,昭和61年10月14日国税通則法65条1項に基づき控訴人に対し11,500円の過少申告加算税の賦課決定処分をした。

(8)  被控訴人担当職員は,昭和62年3月12日控訴人方に電話をし,控訴人の昭和59年度分の所得税の申告にも資産所得合算制度の適用がある旨通知してきたが,その後再検討した結果医療費控除があることが判明したので,右通知は撤回する旨連絡してきた。

五  控訴人は,本件は国税通則法65条4項の「正当な理由」がある場合に該当し,過少申告加算税を課すことはできないと主張するので,この点について判断する。

国税通則法65条4項の「正当な理由」があるとは,例えば,税法の解釈に関して,申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い,修正申告し,若しくは,更正を受けた場合,又は,災害,盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものが,その後予期しなかつた保険金等の支払いを受け,若しくは,盗難品の返還を受けたため修正申告し,若しくは,更正を受けた場合等,申告当時適法とみられた申告が,その後の事情の変更により,納税者の故意過失に基づかずして過少申告となつた場合のように,当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり,こうした納税者に過少申告加算税を課すことが不当,若しくは,酷になる場合を意味するのであり,単に過少申告が納税者の税法の不知,若しくは,誤解に基づく場合には,これに該当しないものと解するのが相当である。

そこで,本件について右の「正当な理由」をみてみると,前記認定の事実によれば,控訴人とトシ子は,被控訴人から送付された「確定申告の手引き」の前記各記載を読み,さらにはその1頁の記載にしたがつて最寄りの税務署に問い合わせれば,資産所得合算制度の概要を知り,さらに右制度にしたがつて所得税の申告をすることができたのであるが,控訴人とトシ子は,右記載を読み落としたためか,資産所得合算制度について全く知識を持たないまま,昭和61年3月12日,被控訴人に所得税の確定申告をしたのであるから,本件過少申告は,申告以前の右両名の相当な過失による税法の不知に基づくものであることが明らかであるといえる。してみると,本件過少申告は,真にやむを得ない理由によるものとは到底いえず,本件では,控訴人について国税通則法65条4項の「正当な理由」に該当するものということはできない。

なお,控訴人は,被控訴人担当職員が電話で控訴人の昭和59年度分の所得税の申告にも資産所得合算制度の適用がある旨通知してきたが,その後医療費控除があることが判明したので,右通知を撤回したことをとらえて,同制度が複雑であり,その適用があるか否かの判断を控訴人がするのは困難であるから,右「正当な理由」がある旨主張するが,前示のように,被控訴人から控訴人とトシ子に送られてきた「確定申告の手引き」には,資産所得合算制度の説明が記載され,右手引きを読めば,昭和60年分の所得税について,控訴人が「資産所得の合算課税を受ける人の場合」に該当することが判明し,右制度の存在を知り得たのであるから,さらに不明の点があれば,税務署に相談するなどしてその適用の有無を判断することが可能であつたから,単に,複雑難解な制度であるということだけでは,右「正当な理由」があるとはいえず,控訴人の右主張は採用できない。

また,控訴人はその他の諸事情をあげて右「正当な理由」がある旨主張するが,所得税法は,いわゆる申告納税制度を採用し,納税者自らが課税標準を決定し,これに自らの計算に基づいて税率を適用して税額を算出し,これに申告して第一次的に納付すべき税額を確定する体系をとつているのであるから,控訴人がこれまで誠実に納税し,昭和60年度分の所得について,所得税法に定める資産所得合算制度の存在を知らずに確定申告をした事情があるにしても,また,その余の控訴人主張の諸事情を勘案しても,いまだ国税通則65条4項にいう「正当な理由」ある場合に該当しないというべきこと,前記説示に照らして明らかである。控訴人の主張は採用できない。

六  控訴人は,本件修正申告書の提出が国税通則法65条5項の「更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当すると主張するので,この点につき判断するに,前記四(5)(6)で認定したとおり,控訴人への還付金交付後,被控訴人担当職員が,各確定申告書を検討して控訴人の過少申告を発見し,昭和61年8月から9月始めにかけて二度にわたりトシ子に電話をし,控訴人の昭和60年度分の所得税の申告には資産所得合算制度の適用があることを説明し,これによつて初めて本件過少申告を知った控訴人とトシ子に修正申告を促したところ,これに応じた右両名が,それぞれ昭和61年9月12日昭和60年度分の所得税の修正申告をなしたものであり,仮に,右両名が右修正申告をしなければ,被控訴人は更正を行ったであろうことが明らかであるから,本件修正申告書の提出は,その申告に係る国税についての調査があつたことにより当該国税について更正があるべきことを予知してなされたものといえる。控訴人は,本件における被控訴人担当職員の行為が国税通則法65条5項の「調査」にあたらない旨主張するが,右のとおり確定申告書を調査検討して控訴人の過少申告を発見することは,右「調査」に該当するといえる。してみると,控訴人の前記主張は採用できない。

七  以上によれば,控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であつて,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法95条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大久保敏雄 裁判官 妹尾圭策 裁判官 中野信也)

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